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番外編③ シアワセノカタチ-03

last update Last Updated: 2025-03-15 05:07:05

「どうしたの、海斗」

「これを見て!」

海斗はおもむろにランドセルを背負う。

まだまだピカピカのランドセルを、紗良に見せつけるように体を捻った。

「ランドセル?」

「そう! ランドセル! 写真撮りたい。リクもさなちゃんも写真撮りにいったんだって」

「写真? 写真なら撮ってあげるよ」

紗良は自分のスマホのカメラを海斗に向ける。

「ちがーう。そうじゃなくてぇ」

ジタバタする海斗に紗良は首を傾げる。

咄嗟に杏介が「あれだろ?」と口を挟む。

「入学記念に家族の記念写真を撮ったってことだよな?」

「そう、それ! 先生わかってるぅー」

「ああ~、そういうこと。確かに良いかもね。お風呂で何か盛り上がってるなぁって思ってたけど、そのことだったのね」

「そうそう、そうなんだよ。でさ、会社が提携しているフォトスタジオがあるから、予約してみるよ」

「うん、ありがとう杏介さん」

ニッコリと笑う紗良の頭を、杏介はよしよしと撫でる。

海斗に関することなら反対しないだろうと踏んでいたが、やはりあっさりと了承されて思わず笑みがこぼれた。

「?」

撫でられて嬉しそうな顔をしながらも、「どうしたの?」と控えめに上目遣いで杏介を見る紗良に、愛おしさが増す。

「紗良は今日も可愛い」

「き、杏介さんったら」

一瞬で頬をピンクに染める紗良。

そんなところもまた可愛くて仕方がない。

夫婦がイチャイチャしている横で、海斗はランドセルを背負ったまま「写真! 写真!」と一人でテンション高く踊っていた。
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